2019/09/24

 
入れた覚えのない炭酸水が
コップに入っている
 
冷え具合や泡立ちの具合から鑑みて
数秒前の記憶が完全に飛んでいる事になる
 
いよいよマズイ
 
こんな事は初めてだ
 
明日は二枚のアルバムのリリース日だ
 
 

2019/05/22

 
スラップスティックメロディ
音の門
マスタリング
 
音の劣化等を避けられないが
個々の音のキャラクターが明確で
音の色の数が多いと感じられる方を
選んで作業をした
 
音が新鮮で聴きやすくなったとしても
MIX時の思惑が半減してしまっては
音楽としての意味が
変わり過ぎてしまうからだ
 
これは単なる執着なのか
それとも信念なのか
最後の最後まで迷った
 
MIX時の作業環境(機材)の問題が残る
 
通常ではMIXアップファイルに
選択肢はないし
ある必要がない
 

2019/08/23

 

台北の街を歩いていてはじめに思ったことは

本屋が多いなということだった

 

バンコクで稀に見かけた古本屋は

まるで魔法の店のように

古めかしく

密かで

どこか華やかな

不思議を纏っていた

 


2019/09/12

 

旅は死だ

とても

甘い死だ

ならばあなたの旅になりたい

 


2019/01/29

 
 
甘かった
スタジオで録った
生ドラムだけがどうしても浮く
 
打ちこみのドラムを骨格に
肉付けしていったオケや歌が馴染まない
こんな当たり前のことが分からなかった
 
今更退却も出来ないし
ドラム以外のオケを
スタジオで録り直す資金も時間もない
 
思ったクオリティーには届かないが
善処するしかない
 
どういう策で??
 
 
スラップスティックメロディは元々
完全宅録作品として
リハビリのように作り始めたもの
 
音質的なクオリティーや
綿密なテクスチャーを
求める気はなかったが
少し無念
 
でも伝えたいものはあくまで情感
そういった意味では
しっかり役目は果たしてくれる
はず…
 

2019/09/04

 

旅行から帰ってきて

音楽への知覚の解像度が

かなり上がっている事に驚く

解釈の幅も拡がっている

 

やっと人並みに(音楽好きの人のように)

音楽が聴こえるようになったのではないか?

と思ってしまう

 

こんな風にみんな音楽を愛していたんだ..

とも驚いてしまう

 

なんでみんなそんなに沢山

音楽が聴けるんだろう

なんでみんなそんなに沢山

音楽がすきなんだろう

 

不思議で仕方なかった

 

ぼくが好きになれる音楽は

とても少なかった

 

それくらい

ぼくは偏った音楽の聴き方をして来た

 

何かやっと入り口に立てた感じがする

 

音楽は

表現は

芸術は

このように何度でも新しく

無限に

気付きを与えてくれたり

感情を揺さぶってくれるものなのかと

今までのように

やはり何度でも思ってしまう

きっとこれからも

そうなんだろう

 

音楽をしていてよかったと

切実に思う

すごいことをしているんだ

 

もっと自分に自信を持ちたい

 

 


2019/09/02

 

今日の自分にはちゃんと

 

おつかれさま

 

と言える

 

このような毎日が続いたら

きっと それは幸福と呼べるもの


2019/08/28

 
しばらくは自分を愛し直せる
そんな気がしています
 
旅は自分の洗濯をしてくれるのですね

1999/11/XX

 
アムステルダムのマクドナルドの前
 
店に入るか入らないかのそれだけを
10分ほど逡巡している
 
コミュニケーションを取るのが
恐い
 
時間がかかったが
思い切って突入した
 
ジェスチャーでなんとかなった
 
だけど
食べたものも
味も
全く覚えていない
 

2019/08/24

 
いま台湾にいる
 
台湾
というと父親を思い出す
 
見事に家庭を崩壊させた
ギャンブル依存症の父親
 
父親のことはよく知らない
外面のようなものしか
知らない
 
小学校のPTAの会長をしながら
裏では
いつも競馬のノミ行為をしていた
そんな父親だ
 
あまりちゃんと話したこともない
とてもミステリアスな存在
知りたいとも思えない
 
振り返る限りでは
自分の欲望を抑制出来ない
子供のような人なのだとは思う
 
そんな子供のような人の
子供のぼくは
大人になる方法を本当に知らないし
自分の操縦が驚くほど下手だ
 
複合的な要因が重なりに重なり
現に単なる子供のまま生きている
 
こうして生きていることも
奇跡の連続の上にあるのかも知れない
ある種運がいいとも言える
 
 
両親が離婚をした後
父親は台湾人女性と結婚し
翔という名の子供をもうけている
翔が生きていれば20代後半くらいか
 
血のつながりのある
半弟
 
普通にいけば
一生会うこともないだろう
 
とても不思議なことだ
とても奇妙なことだ
 
 
アルバム『音の門』の一曲目の
「日捨て」という曲は
『ロックブッダ』のミックス作業の
長期化でノイローゼになっていった時に
生まれた曲だ
 
それまでの自分のレパートリーとは
対極にあったし
混ざりようもない
どう扱っていいかも分からない
 
望んで生まれたというよりは
吐き捨てるように
生まれ出て来てしまった曲
 
地肉を与えるために
大阪の西成も歩いた
 
 
再婚した台湾の女性にも
数年で捨てられ
全てを失い
何の希望もなく
ただ日を捨てるように生きている
父親のことも想って仕上げた
 
したくないシンクロをしてしまった
 
 
翔はどうしているのだろう